機動力も戦闘力も

私は踵のある靴が好きだ。ヒールの高さは戦闘力の高さだと思っているので、気合が要る日や強い心を持ちたい時は絶対にウンcmヒールの靴を履く。知らん奴に舐められたくないし、そういう意味ではファッションというより武装と呼ぶ方が近いのかもしれない。

そんな自分が、今日はスニーカーを履いた。実に5億年ぶりの出来事である。というオタクがやりがちな誇張表現を抜きにしても、5、6年ぶりなことは確かだった。
大学時代の前半はまだ黒いコンバースを持っていて、それなりに履いていたように思う。いつだったか、ファッション性の高い服装でなくてもイヤリングをつけてヒール高めの靴を履けばそこそこくらいには見える、と気づきを得てから自然と踵のある靴を好むようになり、そこから冒頭のヤンキーマインドが芽生えていくのだが、スニーカーに対する苦手意識を持ちだしたのもたぶんこのあたりだったかな……という記憶がある。苦手意識、というか自分には似合わない・履きこなせないといった敬遠するような感覚。曰く、スニーカーを履くのは垢抜けない人もしくはオシャレ上級者。偏見がすごすぎる。怒られそう。
そういうわけでこの数年スニーカーからは距離を取り踵をカツカツ鳴らして歩いてきた。黒のコンバースはボロボロだったのでさよならした。

が、ついにスニーカーの必要性というやつがこの身に降ってきたのである。なんと米津玄師のライブのチケットがご用意された。イエーイ!!!!
さすがにライブに踵の高い靴で行くほどヒール狂ではない(だいたい普通に迷惑だ)。フラットシューズも持ってはいるけどやっぱスニーカーだよな、と思ったのは、心のどこかでスニーカーにチャレンジしたい気持ちがあったんだろう。ライブに行くのに必要だからというテイなら買えそうで、別に自分相手に言い訳しなくてもいいのになかなか面倒な性格をしている。

ライブまでそう日もないので仕事帰りにABCマートに寄った。そういえば1年くらい前に、災害で避難が必要になった時に履く靴がないから買います、みたいなことを呟いていたのに何もしていないではないか。
売り場を覗くとドドドドドドドドとたくさんスニーカーが並んでいて慄く。スーパーの菓子パンコーナーに来たみたいだった。どれがメンズでどれがウィメンズかもわからないので、とりあえずちょこちょこ手に取りつつぐるっと一周する。多……と感心しながら、結局一番最初に目についたやつがずっと意識の片隅にあり、買うならこれだろうと思い店員さんに24.5cmがあるか訊いた。確認しますのでお待ちください、と言って操作しだしたのはポケットから抜いたスマホで、最近は何でもスマホでできるんだなと地味に感動する。無事在庫があったので試し履きさせてもらい、サイズも大丈夫そうだったのでそのまま購入。パンプスだと24.5でも入らないことがあるが、このスニーカーはぴったりだった。

これまで散々スニーカーと書いたがタグを見たら"スリッポン"とある。靴紐がなくズボッと履けるタイプはそう呼ばれるんだろうか。黒地に白い底、柄の帯がアクセントでカワイイ。
最初は志摩が履いていたモデルにしようかなんて考えていたが在庫切れのようで、伊吹が履いていた通称ポンプちゃんは素人が手を出すにはいろんな面でハードルが高かった。伊吹の自室、シューズに一番ウエイトがあるのがわかる配置なのが良い(脱線)。

ライブ当日までに慣れておこう、というのもまた言い訳で、たぶん早く履いてみたくて早速解禁する。足の裏が柔らかい!!!!地面から伝わる衝撃がいつもと違いすぎるせいで歩き方がよくわからなくなり変な歩調になった。クッションパネェ!
そして驚いたのは、街ゆく人々がめちゃくちゃスニーカーを履いている、ということだった。えっ履きすぎじゃない?と思うくらいみんなスニーカーなのだ。これはもちろん空前絶後のスニーカーブームが発生しているわけではない。これまで意識して見たことがなかっただけで、自分がスニーカーを履くようになったことでフィルターの種類が変わったのだ。私の目に映った人たちは野暮ったくもなく、近寄り難いファッションモデルでもなかった。何も難しいことはなかったと今の自分なら思える。往来の足元に自然に馴染んだそれらを見つけた時、泡が弾けたように意識が変わった。そして、これを文章として残したいと強く感じた。それほどのことか?と思うし、それほどのことだ、と思った。

目下の本命は米津さんのライブだが、スニーカーのあまりの快適さに気づいてしまった私はこの先日常的に履くようになるだろうという予感が猛烈にある。そもそも総重量20kgの木箱(※楽器)を担いで階段を上ったり数時間立ちっぱで全奏に参加するのにパンプス履いてくの馬鹿なんじゃないの……?とは思うものの、己のメンタルと所属してるオケのドレスコード的な諸々との兼ね合いもあるので上手い具合に履き分けられたらいいな、という感じ。クッション性抜群の疲れない素敵なハイヒールが欲しい。